少女が、ジェイサード学園へと続く道を歩いていた。
小柄な、ブロンドの少女。
誰もが振り返るような美少女、とは言えないかもしれないが、
いるだけで人々の心を和ませることのできるような、そんな魅力を持っていた。
彼女は魔法使い、スピカ・ティムナイト。
彼女もまた、ジェイサード学園の受験生であった。
「さてと、早く戻らないと。
休み時間が終わっちゃうようっ!」
パンとミルクの入った袋を手に、学園へと急ぐ。
筆記試験は実技よりも休憩時間がかなり長かったため、
いまいち屋台の騒々しい雰囲気になじめなかった彼女は、
ケフェウスの町までお昼を買いに行っていたのだった。
「う・・・う・・・」
道端のしげみの奥から、不意に何かの声が聞こえた。
「ひぁっ!?」
スピカは驚き、立ち止まった。
「だ・・・誰かいるんですかっ!?」
「た、すけて・・・くれっ・・・っ!」
弱々しい男の声だ。
「どうしたんですかっ!?大丈夫ですか!?今行きますっ!」
スピカは慌てて声の方へ駆け出した。
すると、木陰に血まみれになっている男の姿が!
近道でもしようとして、魔物に襲われたのだろうか。
「ぐ・・・ぐああああ!痛いいい!助けてくれぇぇぇっ!」
男はスピカを見つけるなり傷を押さえて暴れ出した!
「お、落ち着いて下さいっ!すぐに手当てしますからっ!」
魔法使いも、僧侶ほどではないにしても、ある程度の回復魔法は使える。
スピカは慌てて男に駆け寄った。
そして、傷に手を当てる。
「ヒールっ!」
すると傷はみるみるうちに・・・治らない。
「やっぱり、よっぽどひどい傷なんですね・・・
えいっ!」
続けざまに初級回復魔法・ヒールを唱える彼女。
しかし、傷は全く回復しない。
「ど・・・どうして!?全然治らないっ!?」
いくらひどい傷でも、これだけ呪文を唱えるとそろそろ回復してもいいはずだ。
「どうして・・・っ!?」
目に涙が浮かぶ。
(何の罪もない人間が1人、死んでしまう・・・私には助けることができないの!?)
魔法を使うための精神力も、切れかけていた。
その時、うめいていた男が急にスピカの腕をつかんだ!
「・・・え!?」
「ありがとよ、お嬢ちゃん。」
男は低い声で言った。
「治らねぇのは当たり前だ。俺様は全く怪我なんざしてねぇんだもんな。
嬢ちゃんのせいじゃねぇ。」
「そ、それは一体どういう・・・!?」
「嬢ちゃんが必死で助けようとしてくれてんのを見てたら俺、
もうたまんねぇって感じでよぉ。へへへ。」
下卑た笑いを浮かべる男。
「きゃあああああっ!」
「血のりを完全に血に間違えやがって。まずお前が落ち着けって話だよな。
しかし、こいつはなかなかのモンだ。売ればかなりイイ金になりそうな予感がするぜぇ!」
男は鼻息荒くそう言った。
「けどもう我慢できねぇな。
売っ飛ばす前に、俺様がお前の体を確かめてやるぜぇっ!」
男が、スピカにのしかかった!
魔法は精神力が切れた今、一切使えない!
魔法の使えない魔法使いは、ただの非力な少女だった。
「誰かぁっ・・・!助けてぇぇぇっ!!」
ただそう叫ぶことしか、できなかった。
不意に、誰かの叫び声が聞こえた。
「・・・えっ!?」
オレは、涙を手でぬぐい、あたりを見回した。
「きゃあああああっ!」
間違いない、女の悲鳴だ!
「くっ!」
泣いている場合じゃない!
オレは急いで声の方へと向かった。
もう、人を目の前で亡くすのは嫌だ。
せめて、自分の見える範囲の人は助けたい!
ただ、そう思った。
「誰かぁっ・・・!助けてぇぇぇっ!!」
また聞こえた。
近い!
「そこかっ!」
・・・女の子を襲っていたのは、モンスターではなく。
ただのごろつき風の男だった。
「てっきりモンスターだとばっかり思ったら・・・
何やってんだこの野郎っ!死ねーっ!!」
怒りの二連斬が炸裂した。
「大丈夫か!?」
オレは少女に駆け寄った。
幸い、怪我はほとんどないようだった。
少女はちょっと怯えるような仕草をしたが、
すぐに笑顔で「は、はい!」と答えた。
「えーっと、あんた・・・えーっと、名前は何て言うんだ?町まで送るぜ?」
オレはとりあえず、そう聞いてみた。
「えと、わ、私はスピカ・ティムナイトって言います・・・あなたは?」
「オレはリックス。リックス・クルズバーンだ。」
「リックスさん、ですね。ありがとうございました!」
スピカはぺこり、と挨拶をした。
「あ、いや、気にすんなよ。これくらいオレにとっちゃあ・・・」
こんな素直な子には会ったことがないので、ちょっとドギマギしてしまう。
「とりあえず、行こう。町まで送るぜ。」
「あ、いえ、えっと・・・リックスさんはケフェウスの町に住んでいるんですか?
私、早くジェイサード学園に戻らないと・・・」
「へ!?」
こんなおとなしそうなスピカの口から、
ジェイサード学園という単語が出てきたので、オレはびっくりしてしまった。
「ってことは・・・まさかキミも受験生!?」
「え、ええ・・・ってことはリックスさんも!?
で、でも筆記試験の会場にはいませんでしたよね・・・?」
スピカは、どうやら筆記試験を選択していたようだ。
「ま・・・まあちょっと色々あって・・・」
「ダメですっ!」
イキナリ力強く言う彼女。
何でオレがこんな時間にここにいるのか、理解したようだった。
「諦めたら、そこで終わりです!それでいいんですか?
最後まで戦って下さい!リックスさんは、私を助けることができるくらい、強い人じゃないですか!」
そう言って、オレの手を握るスピカ。
「あ・・・う、うん、ちょっと・・・」
こう見えて、スピカもかなり熱い女の子のようだった。
イキナリ手を握られて、ちょっとドギマギしてしまうオレ。
でも・・・うん、そうだよな。
諦めるなんて、オレらしくない。
最後まで戦い抜いてこそ、オレはオレだ!
「ありがとう、スピカ!なんか、やる気が出てきたよ!
最後まで、がんばるぜっ!」
オレもスピカの手を握り返す。
「あ・・・は、はい、えっと・・・」
赤くなるスピカ。
・・・この子、恥ずかしがり屋でおとなしいけど、
熱くなると周りが見えなくなって、行動も大胆になるタイプだな・・・
「じゃあ・・・」
2人で懐中時計を覗き込む。
「急げ〜っ!!」
オレたちは、猛スピードで学園へと走っていった。
第十九話も見てみる
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