「ただひとつ忘れてはならないことは、
    自分の正義と他人の正義は同じではないということだ。」
             カール・C・ローズ「虚無」第2章

「くそっ!」
オレは学校の外を走っていた。
何もかも投げ出したくなった。
負けたこと以上に、自分の甘さを感じた。
オレとランスでは、あまりに覚悟が違いすぎる。
それを今、思い知らされた。
オレはあてもなく、ケフェウスの町へ向かっていった。
あと1人残っている対戦相手のことも、どうでもよかった。
ただ今はもう、何もしたくなかった。
「ちくしょう・・・っ!」
目から、自然と涙がこぼれた。
両親が死んでからの展開が急すぎて、ついていくのが精一杯で、
流せなかった涙。
それが今、一気にあふれた。
「ちくしょうっ!」
足を止め、倒れこむようにして叫んだ。
こんなんじゃ両親の敵討ちなんて、夢のまた夢じゃねェかっ・・・!
何度も地面を叩いた拳に、うっすらと血がにじんでいた。

少女が、ジェイサード学園へと続く道を歩いていた。
小柄な、ブロンドの少女。
誰もが振り返るような美少女、とは言えないかもしれないが、
いるだけで人々の心を和ませることのできるような、そんな魅力を持っていた。
彼女は魔法使い、スピカ・ティムナイト。
彼女もまた、ジェイサード学園の受験生であった。
「さてと、早く戻らないと。
休み時間が終わっちゃうようっ!」
パンとミルクの入った袋を手に、学園へと急ぐ。
筆記試験は実技よりも休憩時間がかなり長かったため、
いまいち屋台の騒々しい雰囲気になじめなかった彼女は、
ケフェウスの町までお昼を買いに行っていたのだった。
「う・・・う・・・」
道端のしげみの奥から、不意に何かの声が聞こえた。
「ひぁっ!?」
スピカは驚き、立ち止まった。
「だ・・・誰かいるんですかっ!?」
「た、すけて・・・くれっ・・・っ!」
弱々しい男の声だ。
「どうしたんですかっ!?大丈夫ですか!?今行きますっ!」
スピカは慌てて声の方へ駆け出した。
すると、木陰に血まみれになっている男の姿が!
近道でもしようとして、魔物に襲われたのだろうか。
「ぐ・・・ぐああああ!痛いいい!助けてくれぇぇぇっ!」
男はスピカを見つけるなり傷を押さえて暴れ出した!
「お、落ち着いて下さいっ!すぐに手当てしますからっ!」
魔法使いも、僧侶ほどではないにしても、ある程度の回復魔法は使える。
スピカは慌てて男に駆け寄った。
そして、傷に手を当てる。
「ヒールっ!」
すると傷はみるみるうちに・・・治らない。
「やっぱり、よっぽどひどい傷なんですね・・・
えいっ!」
続けざまに初級回復魔法・ヒールを唱える彼女。
しかし、傷は全く回復しない。
「ど・・・どうして!?全然治らないっ!?」
いくらひどい傷でも、これだけ呪文を唱えるとそろそろ回復してもいいはずだ。
「どうして・・・っ!?」
目に涙が浮かぶ。
(何の罪もない人間が1人、死んでしまう・・・私には助けることができないの!?)
魔法を使うための精神力も、切れかけていた。
その時、うめいていた男が急にスピカの腕をつかんだ!
「・・・え!?」
「ありがとよ、お嬢ちゃん。」
男は低い声で言った。
「治らねぇのは当たり前だ。俺様は全く怪我なんざしてねぇんだもんな。
嬢ちゃんのせいじゃねぇ。」
「そ、それは一体どういう・・・!?」
「嬢ちゃんが必死で助けようとしてくれてんのを見てたら俺、
もうたまんねぇって感じでよぉ。へへへ。」
下卑た笑いを浮かべる男。
「きゃあああああっ!」
「血のりを完全に血に間違えやがって。まずお前が落ち着けって話だよな。
しかし、こいつはなかなかのモンだ。売ればかなりイイ金になりそうな予感がするぜぇ!」
男は鼻息荒くそう言った。
「けどもう我慢できねぇな。
売っ飛ばす前に、俺様がお前の体を確かめてやるぜぇっ!」
男が、スピカにのしかかった!
魔法は精神力が切れた今、一切使えない!
魔法の使えない魔法使いは、ただの非力な少女だった。
「誰かぁっ・・・!助けてぇぇぇっ!!」
ただそう叫ぶことしか、できなかった。

不意に、誰かの叫び声が聞こえた。
「・・・えっ!?」
オレは、涙を手でぬぐい、あたりを見回した。
「きゃあああああっ!」
間違いない、女の悲鳴だ!
「くっ!」
泣いている場合じゃない!
オレは急いで声の方へと向かった。
もう、人を目の前で亡くすのは嫌だ。
せめて、自分の見える範囲の人は助けたい!
ただ、そう思った。
「誰かぁっ・・・!助けてぇぇぇっ!!」
また聞こえた。
近い!
「そこかっ!」
・・・女の子を襲っていたのは、モンスターではなく。
ただのごろつき風の男だった。
「てっきりモンスターだとばっかり思ったら・・・
何やってんだこの野郎っ!死ねーっ!!」
怒りの二連斬が炸裂した。

「大丈夫か!?」
オレは少女に駆け寄った。
幸い、怪我はほとんどないようだった。
少女はちょっと怯えるような仕草をしたが、
すぐに笑顔で「は、はい!」と答えた。
「えーっと、あんた・・・えーっと、名前は何て言うんだ?町まで送るぜ?」
オレはとりあえず、そう聞いてみた。
「えと、わ、私はスピカ・ティムナイトって言います・・・あなたは?」
「オレはリックス。リックス・クルズバーンだ。」
「リックスさん、ですね。ありがとうございました!」
スピカはぺこり、と挨拶をした。
「あ、いや、気にすんなよ。これくらいオレにとっちゃあ・・・」
こんな素直な子には会ったことがないので、ちょっとドギマギしてしまう。
「とりあえず、行こう。町まで送るぜ。」
「あ、いえ、えっと・・・リックスさんはケフェウスの町に住んでいるんですか?
私、早くジェイサード学園に戻らないと・・・」
「へ!?」
こんなおとなしそうなスピカの口から、
ジェイサード学園という単語が出てきたので、オレはびっくりしてしまった。
「ってことは・・・まさかキミも受験生!?」
「え、ええ・・・ってことはリックスさんも!?
で、でも筆記試験の会場にはいませんでしたよね・・・?」
スピカは、どうやら筆記試験を選択していたようだ。
「ま・・・まあちょっと色々あって・・・」
「ダメですっ!」
イキナリ力強く言う彼女。
何でオレがこんな時間にここにいるのか、理解したようだった。
「諦めたら、そこで終わりです!それでいいんですか?
最後まで戦って下さい!リックスさんは、私を助けることができるくらい、強い人じゃないですか!」
そう言って、オレの手を握るスピカ。
「あ・・・う、うん、ちょっと・・・」
こう見えて、スピカもかなり熱い女の子のようだった。
イキナリ手を握られて、ちょっとドギマギしてしまうオレ。
でも・・・うん、そうだよな。
諦めるなんて、オレらしくない。
最後まで戦い抜いてこそ、オレはオレだ!
「ありがとう、スピカ!なんか、やる気が出てきたよ!
最後まで、がんばるぜっ!」
オレもスピカの手を握り返す。
「あ・・・は、はい、えっと・・・」
赤くなるスピカ。
・・・この子、恥ずかしがり屋でおとなしいけど、
熱くなると周りが見えなくなって、行動も大胆になるタイプだな・・・
「じゃあ・・・」
2人で懐中時計を覗き込む。
「急げ〜っ!!」
オレたちは、猛スピードで学園へと走っていった。


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